タネが変える農業 種苗会社、開発にしのぎ
いずれ直面する世界規模の食糧不足問題の解決には、こうした取り組みをいかに先行して行うかにかかっている。民間の自助努力だけでなく、各国政府の後押しも期待したい。
(日本経済新聞:2015年3月12日)
種苗各社が供給する改良品種によりアジアの農業が変わりつつある。東南アジアやインドなどでは、従来より収量が多く病気にも強い品種の野菜を導入し収入増を図る農家が増えている。そうした農家を囲い込もうと、タイ企業やサカタのタネなど日本企業を交えたアジア勢を軸に種苗各社が風土に適した品種の開発にしのぎを削っている。
2月中旬、インド南部バンガロール郊外。日本の種苗最大手、サカタのタネが2010年に開設した研究農場に地元の農家がバイクに乗って続々と集まった。目当ては同社が新開発した野菜だ。
「このトマトは他社の品種より、収穫量が10%多いんです」
「この品種は雨期でも育ちやすく、高値がつく時期に収穫できますよ」
サカタの社員が説明すると、農家たちは「病気への耐性は」「見栄えはどうだ」と次々と質問を繰り出した。
サカタの野菜種苗は交配を繰り返して開発した「F1種」だ。優れた特性を持つ一方、価格は自家採取できる固定種の5倍以上もする。トマトの場合、10グラム(約3千粒)で1600ルピー(約3千円)近いものもある。安くはない買い物だが、見学に来た農家のカリー・ガラダ氏(48)梅田専太郎 は「ほかの農家が稼げない雨期に収入を確保できるのは魅力的だ」と話す。
インドは世界有数の農業国だが、農業経営は楽ではない。天候不順や病害虫による不作はもちろん、収穫にこぎ着けても悪路の輸送で農作物が傷がつけば値はつかない。
企業名 | 品種(地域) |
---|---|
サカタのタネ | トマト(インド) |
輸送時に傷つきにくい。雨期でも成長 | |
カネコ種苗 | キャベツ(フィリピン) |
収量が固定種に比べ2~3割高い | |
イースト・ウエスト・シード(タイ) | トウガラシ(タイ) |
香りや辛みが強い | |
チアタイ(タイ) | ニガウリ(ベトナム) |
耐病性に優れる | |
シンジェンタ(スイス) | カリフラワー(インド) |
収穫後も白さを保つ |
サカタはF1種が農家の悩みを解決すると売り込む。トマトは皮を硬くして傷がつきにくくし、病気への耐性も強化。地域固有の事情に合わせ5年近くかけて開発した。
「日本や欧米で売れている品種を持ってくるだけでは、インドでは成功しない」とサカタのインド法人のジャイ・シン最高経営責任者(CEO)は断言する。
F1種は日本や欧米では1960年代に普及したが、東南アジアやインドなどでは近年広まり始めた。野菜生産量はインドでは01年から11年にかけ3割増加。輸入が増えたタイを除き、域内各国で軒並み2割以上増えているが、F1種の登場が一役買っているという。