ようこそ日本へ　中国で体験型の誘客相次ぐ -

マニュアル化されすぎると過剰で嘘くさく感じることもあるが、日本流の「おもてなし」を世界に広げていくのは良い試み。

（日本経済新聞：2015年4月1日）

中国で日本式のサービスやイベントを楽しむ「体験型」施設の開業などが相次いでいる。プリンスホテルは吉林省に日本式を徹底したリゾートホテルを開いた。中国で日本を体験し、自社のファンになってもらい、日本に呼び込む。２月の春節（中国の旧正月）には中国からの旅行客が多く押し寄せた。こうした人気を拡大・定着させようと“種まき”が始まった。

■あいさつに驚き

　「ありがとうございます」――。従業員が日本語でこう声をかけると、多くの中国人が初めは驚く。それでも、これが日本式を強く意識したサービスだと理解すると、みんな喜ぶという。プリンスホテルが１月に仮オープンした「松花湖スキー場」では日本語でのあいさつに加えて、レンタルスキーの返却時に顧客に歩み寄って板を受け取るサービスが好評だ。

　「中国のスキー場とは異なるサービスを提供したかった」。プリンスホテルの関根正裕取締役はこう語る。中国では店員がリフト券売り場で愛想のない対応をしたり、レンタルエリアで乱暴にブーツを投げてきたりすることがある。あいさつを含め、日本式の対応は中国人には新鮮に映る。

　中国不動産大手の万科企業が開発を手がけ、プリンスホテルがスキー場とホテルを全面的に運営する。同社は中国のリゾート運営が初めて。日本で最大級の苗場スキー場の元総支配人を含め日本人社員８人を現地に送り込んだ。フロントや和食レストランの厨房、スキー場など重要な現場にプロを配置し、現地の従業員を厳しく指導する。

■国内スキー場に導く

　今シーズンは６コースだが、年末の正式開業時には34コースとなる。温泉施設も建設中だ。「プリンスホテルがどんなものか知ってもらい、訪日客も増えるよう期待している」と関根取締役は話す。中国人客をはじめ訪日ブームでプリンスホテルの都市型ホテルは軒並み高稼働率だが、日本のスキー人口減少で元気を失った全国のスキー場にも中国人を導く作戦だ。

　３月下旬、大連（遼寧省）のショッピングモール「万達広場」の仮設ステージに赤、青、黄、緑、紫、ピンクの衣装をまとったアイドルグループが駆け上がった。名古屋を拠点に活動する６人組の「チームしゃちほこ」だ。「ニーメンハオ！（皆さん、こんにちは）。名古屋に来てください」と中国語であいさつした。

　日本から同行した約200人のおっかけが独特の振り付けで踊ると、会場の中国人はあっけにとられつつ、少しずつステージに近づいていく。マネジメント会社のスターダストプロモーションは「中国で定期ライブを開きたい」と意欲を示す。シンガポールから駆けつけた26歳女性のユー・シャンさんは「生で見るのは初めて。次は名古屋でライブを見たい」と日本語で話していた。

　ＪＴＢなどが主催したこの日の「ジャパンブランド展」には日本企業28社が集まった。日本の製品やサービスを実際に使ってもらおうと成都など内陸部も含め中国各地で開いているイベントだ。

　トンボ鉛筆は商品の機能を８人で説明した。「日本の文具は大好き。手への負担軽減など研究し尽くしている」。女性会社員の高妍さん（29）は試し書きしながら満足そうだった。日本に行ったらボールペンを50本買うと決めているという。

　サンリオが中国企業にライセンス供与する形で１月に開業した浙江省安吉の屋外型テーマパーク「ハローキティパーク」。最初の10日間で５万人が来場するほどの人気だった。その後の春節でサンリオ製品の「爆買い」につながったとみられている。本場・日本の「サンリオピューロランド」（東京都多摩市）にも多くの中国人が来場した。

　スーパー銭湯最大手の極楽湯は２月に上海で中国２号店を開いた。日本式のこまめな清掃や強力なろ過装置による清潔さが人気で、入場が３時間待ちの日もある。日本で展開する約40施設への誘客も期待している。

■「気まぐれな消費者」

　「中国の消費者は気まぐれだ」。香港の証券会社ＣＬＳＡのカジノ・高級品アナリスト、アーロン・フィッシャー氏はこう分析する。「すぐに飽きて、早々に次の渡航先を探し始める」という。香港で反大陸感情が高まったことから、香港行きを断念し、為替の有利な日本に流れた面も無視できないと指摘する。

　中国が秋に予定している軍事パレードや、安倍晋三首相が夏に出す戦後70年談話で両国関係が悪化すれば、旅行客が韓国や東南アジアに流れることも十分にあり得る。

　気まぐれな中国の消費者をリピーターとしてとらえるには、自社ブランドにほれ込んでもらう必要がある。中国での「体験」を固定客づくりの仕掛けとして機能させることが重要になる。（大連＝森安健）