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築地市場を「アジアの台所」に 仲卸、ベトナムで販促

日本経済新聞:1月23日)

 東京の台所、築地市場が「アジアの台所」をめざして動きだした。仲卸業者の組合はベトナムホーチミンで現地の飲食店向けに試食会を開き、「築地ブランド」を売り込んだ。日本航空川崎汽船などは鮮度を保ちながら輸送する低温輸送網(コールドチェーン)の構築に着手。東京で早朝に出荷した鮮魚がその日のうちにアジアで食べられる時代が近づいている。

  1月15日。ホーチミンにあるホテルの宴会場で60人近い人々が真剣な表情ですしを口に運んでいた。築地市場の仲卸でつくる東京魚市場卸協同組合が開いた試食会に、現地の和食店の経営者や卸売業者が集まった。8割がベトナム人だ。同組合の島津修理事が壇上に立ち、ウニやサワラなど現地ではなじみの薄い食材の説明に時間を割いた。

 ホーチミンはいま日本食ブームに沸く。約300軒の日本食レストランがあるとされ、この2年間で倍増した。多くの店の看板メニューは日本食の象徴でもある、すしや刺し身だ。生食文化のないベトナムだが、舌の肥えた消費者の間では定着しつつある。「築地の食材は味や信頼性で申し分なく、需要は大いにある」。大戸屋ホールディングスとの合弁企業を経営するMESAグループのルウ・ティー・トゥエット・マイ最高経営責任者(CEO)は話す。

■厳しい経営環境

 築地の仲卸がアジアをめざすのは厳しい経営環境が背景にある。少子高齢化や消費者の嗜好の変化で国内市場の縮小は止まらない。スーパーなど小売業が卸を通さないケースも増え、仲卸の存在感は薄くなっている。会社数は700を切り最盛期の半数以下になった。

 

 衰退に歯止めをかける切り札が海外だ。東南アジアはすしブームで日本の水産物の需要が増えており、2009年に約200億円だった輸出額は4年で2.5倍に伸びた。仲卸でも大手は海外進出で先行し、早朝には築地から水産物を載せたトラックが空港に向かう。

 だが中小・零細業者は単独での海外進出は難しい。そこで組合でタッグを組み、アジア市場を開拓しようというのだ。

 試食会には仲卸3社の代表が参加した。スズヨネ水産の大八木勝男社長は「将来は1つのコンテナに仲卸各社の魚をまとめて共同発送できれば」と構想を描く。

 鮮度の高いネタを届ける上での障壁は物流だ。東南アジアではシンガポールやタイ・バンコクなどを除き、低温物流網は未整備だ。ベトナムでは冷蔵品の輸送にも二輪車が使われ温度管理が難しい。MESAのルウCEOは「現在の物流網では築地の魚を輸入しても品質を保てない」と話す。

 国によっては不透明な通関もハードルだ。申告書類に不備がなくとも「役人にコネがないと止められることもある」(日本人の飲食店経営者)。

■脱「運び屋」頼み

 それでも鮮度の高い魚を求める飲食店が頼るのが「運び屋」だ。複数の店から注文を受けて日本の市場で魚介類を調達し、飛行機で個人手荷物として持ち込む。本来なら支払うべき関税を払わない脱法行為だが、多くの料理店にとって欠かせない「インフラ」になっているのが実情だ。

 

 しかし、いつまでも運び屋頼みでは店も発展は望めない。これを商機とみて、日本企業がコールドチェーンの構築に取り組みはじめた。

 日本航空は昨年9月、日本郵政グループなどと共同でベトナム向けに小口保冷輸送「クールEMS」の取り扱いを始めた。低温状態を最大80時間保てる特殊なクーラーボックスを使うため、通関や郵送に時間がかかっても中身が劣化しにくい。物流インフラが未発達な地域で需要が高いとみて飲食店に売り込む。

 大型投資に踏み切る企業も登場した。川崎汽船と日本ロジテムは共同出資会社を通じ、16年中をめどにホーチミンに大型の冷凍冷蔵倉庫を建設。冷蔵冷凍トラックを使った配達に乗り出す。

 海運から倉庫までを手がける川崎汽船と、ベトナム国内に自動車部品の輸送網を持つ日本ロジテムが連携し、流通から保管、配送まで継ぎ目無く荷物の温度を管理できる体制を整える。

 同出資会社には官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)も出資する。「5~6年後を見据えたときに確実に必要になる設備だ」と投資戦略グループの香田譲二氏は話す。民間企業側も「国が関与することで、通関手続きの透明化が前進すれば」と期待を寄せる。 

 政府は2020年までに水産物の輸出額を13年実績から約6割増の3500億円に増やす目標を掲げる。けん引役と目されるのが東南アジアだ。

 シンガポールバンコクではすでに築地を早朝に出発した魚がその日のうちにすし店のショーケース梅田専太郎に並ぶ。コールドチェーンの発達でこうした仕組みが東南アジア全域に広がれば、目標達成が現実味を帯びてくる。