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「撤退を検討」が急増、日系企業の中国拠点に異状あり

海外進出コンサルタントはたくさんいる(=進出するだけなら簡単)が、これからは撤退をスムーズに行うコンサルタントが求められる時代。と同時に、日系企業でも現地の要職に現地国人の幹部を多数配置しない限り、真の成功は難しい。

(日経テクノロジーオンライン:2015年3月27日)

日系企業の中国拠点に異変が起きている。これまで続いてきた人件費の高騰に加えて、急速な円安、すなわち人民元高が進んだことで、中国から撤退する日系企業が相次いでいるのだ。中国拠点を維持している日系企業でも、中国人従業員による不正に苦しむところは少なくない。一方で、市場としての中国の魅力は依然として大きく、今なお先進国がうらやむ高い経済成長率を誇っている。日系企業の中国拠点が今、どのような事態に陥っているのか。日経BP社が主催する実務系セミナー「ものづくり塾」「技術者塾」において講師を務める、キャストコンサルティング取締役・上海法人総経理の前川晃廣氏に聞いた。

 

──毎日、マスメディアを通じて中国の情報は入ってきますが、日本にいると中国の実態がはっきりとつかめません。日系企業が中国拠点を運営する上で、今、困っていることは何でしょうか。

  

 まずは、人件費の高騰でしょう。工場のワーカー(作業者)で比較した場合、福利厚生を入れて日本では平均で約25万円であるのに対し、中国では約8万円と日本の3分の1程度にまで迫ってきました。確かに、中国のワーカーの人件費は日本と比べるとまだ低いと言えるのですが、10年前は10分の1の水準でした。そこからみると3倍と、ものすごい上がり方をしています。特に、2008年のリーマン・ショック後にこの人件費の高騰が顕著になってきました。

 

 そして円安、すなわち人民元高です。2011年秋に円高はピークで、1米ドル=76円をつけました。それが2015年2月末には、1米ドル=約120円。同じ時期に1人民元=約12円だったのが、今では1人民元=約20円となっています。私は中国で生活しているのですが、12円だった商品が20円になると「随分高くなったなあ」と感じます。

 

──日本企業としては、中国における反日感情も気になりますが、その影響はないのですか。

 

 もちろん、反日感情は残っています。しかし、だからといって仕事がやりにくいということはないですね。それよりも「環境規制」です。中国系企業には甘いのに、外資系企業に対しては厳しくなりました。

 

 法律があるわけではないのに、環境に与える負荷が大きい業種の企業はここの工業団地に来るなとか、水質データであるCOD(化学的酸素消費量)をいくらまで下げろといったことを、外資系企業は特に厳しく言われるようになっています。

 

──「中国は世界の工場」と呼ばれていたのは、つい最近だったような気がします。それが今では、「こっちに来るな」とまで言われるようになるとは…。

 

 外資系企業に対する税金の優遇もほとんどなくなりました。法人税率をみると、2007年末まで中国系企業に対しては33%であったのに対し、外資系企業は15%と半分以下で済みました。

 

 それが、2008年からは中国系企業も外資系企業も一律25%になりました。「法人税率が日本の3分の1で済む。安いな」と思って工場を造ったら、あるときから「はい、25%です」となったわけです。でも、増税ではなく、あくまでも優遇税制の廃止、というのが中国当局の見解です。日本の法人税率よりは低いとはいえ、期待していた日系企業としてはガックリくるでしょうね。

 

──ここにきて、日系企業が中国拠点を運営するコストが急上昇しているようですね。

 

 ええ。人件費の高騰が最も顕著ですが、それだけではありません。中国人従業員の権利意識の高まりで、「労働条件で不当な扱いを受けた」「過去の未納の社会保険料を払え」などと、労働者の権利を声高に主張するようになっています。つまり、労務コストが上がってきているのです。

  

 こうなってしまった原因の1つは、日系企業が「人」に対する投資をしてこなかったことにあります。ものづくりに対する設備投資には熱心だったのに、労務管理がきちんとできる「人事のプロ」の育成には投資を怠ってきた。そのことは、中国拠点の日本人駐在員の出身分野を見れば分かります。

 

 まず製造部門が駐在し、続いて営業部門、次に財務部門で…、おしまい。人事部門の駐在員なんてまずいない。人事部門は直接利益を生むことはないコストセンターです。だから、中国に送り込まれることがないのです。

  

 その結果、どうなっているかと言えば、製造部門で工場の生産ラインを運営・管理する人が、本社から「人事・労務管理をやれ」と言われている。「そんなこと言われても、中国工場の労務管理なんて、どうやっていいか分かりません」と日本の本社の人事部門に泣きついても、「こっちだって中国のことなんて分からないよ」と跳ね返される。これが実態です。中国の労務については投資をしてこなかったのです。

 

■「人事のプロ」不在に問題あり

 本来なら、中国人従業員の気持ちを汲んでまとめていくことが大切です。確かに、日本企業が中国に進出するようになってから30年以上経っているので、中には中国人の部長や副総経理がいる日系企業もあります。ところが、部長や副総経理といっても、月給は日本人従業員とは違う。たとえ職位は中国人従業員の方が上だったとしても、日本人従業員の方が実質の給与は高い。そのため、「日本人=経営側、中国人=労働側」という雰囲気が中国では出来てしまいます。

 

 中国人のことは中国人の方が分かるだろうと、人事担当管理職に中国人を起用する日系企業も少なくありません。でも、こうした雰囲気が出来上がっている中では、「どうせ経営側の味方だろう」と中国人従業員から見られてしまい、うまく労務管理ができないのです。

 

 おまけに、中国では人事の認知度が低い。重要なスキルの1つとみなす感覚がまだないので、人事のプロがほとんどいません。それならばと、中国人弁護士に依頼するケースもありますが、彼らは法律のプロではあっても労務のプロではない。結果、日系企業の中国拠点で中国人従業員とのトラブルが発生するというわけです。

 

 日系企業は、製造技術や販売、財務・経理には力を入れて中国でのノウハウがたまっています。しかし、労務管理のノウハウは貧弱。背景には、これまでは人件費が低かったので、「うるさいことを言うなら、面倒だから辞めさせてしまえばいい」という考えがあったんだと思います。

 

シチズンの工場リストラの教訓

──2015年2月上旬、シチズングループが中国広東省広州市にある時計の部品工場(「西鉄城(シチズン)精密有限公司」)を閉鎖したニュースが飛び込んできました。中国人従業員に事前に十分な説明をすることなく、前日に告知して突然工場を閉鎖。約1000人の中国人従業員が一斉に解雇されました。日本の感覚からすると少し乱暴な気がしますが、報道によれば、中国では法的に問題がないとのことでした。この一件を、日系企業はどうみたらいいでしょうか。

 

 確かに、中国では「経済補償金」を払えば、従業員を解雇しても法的には問題がありません。基本的な法定補償額は、「勤続年数×1カ月の平均給与」です。勤続年数が5年なら5カ月分、10年なら10カ月分を最低限支払うというものです。しかも、シチズンはこれに上乗せして払っているのですから、「ルール通り」と言えるでしょう。

 

 しかし、良いやり方だったとは言えません。中国人の心情にマイナスイメージを残す結果となったからです。このシチズン中国工場は20年近い歴史がある“老舗”。中国人従業員の中には子持ちの30歳代、40歳代の人もいる。中小企業の規模ならまだしも、シチズンほどの体力と中国経験のある企業がどうしたんだろう、経済的理由があったにせよ、本社や駐在員の中国理解が不十分だったのでないか、などと勘ぐってしまいます。

 

──では、どのようにすればよかったのでしょうか。

 

 1000人もの従業員を一気に解雇するのではなく、例えば、グループ内の他の会社で雇用の受け皿を用意する。残業時間を少なくし、もっと残業代を稼ぎたいと考えている従業員に自主的に退社を促す。全員を解雇するにしても、1000人規模を一斉に解雇するというのでは、暴動が起きかねません。

 

 従って、3年ぐらい時間をかけて徐々に対応すべきでしょうね。もちろんグローバルな経営判断によるものでしょうが、結果的にはまずかった。これで、後に続く日系企業は中国拠点をたたみにくくなります。日系企業全体のブランドイメージも傷つくでしょうね。

 

──中国から撤退する日系企業は増えているのですか。

 正確には「撤退を検討し始めた企業が増えた」というところでしょうか。10年前はほとんどゼロだったことを考えると、相当増えていますね。人件費の高騰の影響で、崖っぷちの所で中国拠点を維持していた日系企業に対し、今、円安という強風が吹き付けている。これでとどめを刺されたという感じです。

 

──せっかく苦労して進出したのに、残念な気がします。しかし、撤退するとなったら、早く動いた方がよいのでしょうね。

 

 ところが、会社のたたみ方を知らない日系企業が実に多いのです。だから、「会社は解散しました。今日でクビです」といった無茶なことをしてしまう。

 

 たまに、インターネット上で「日本人総経理が軟禁された」といった噂話が流れることがあります。先の経済補償金を払わずに解雇を通告すれば、従業員としては払ってもらうまで逃げられないように必死になるでしょう。しっかりとした弁護士事務所やコンサルティング会社に相談するならまだ意識が高い方で、多くの日系企業は自己流で会社をたたもうとしています。

 

──どうしてこんな事態になっているのでしょうか。

 

 日系企業全体として、会社をたたんだ経験が少ないからでしょう。会社をつくるのは比較的簡単ですが、撤退することは難しい。中国には、撤退に関するルールがちゃんとあります。そのルール通りにやれば、残余の財産だって日本に持って帰れます。そこをいい加減にやってしまうから、「全資産を捨てて帰ってきた」「身ぐるみはがされた」などといった話になるのです。

 

 しかし、実は中国の行政側も経験が浅い。「会社解散法」のような統一的な法律はなく、撤退に関する法規は、複数の法律が重なり合っている状態です。つまり、法整備がされていない。そのため、行政側もスムーズに対処できるとは限らないところが、事態を難しくしています。

 

──撤退が増えているという話を聞くと、中国でのビジネスチャンスが小さくなっている気がしてしまいますが…。

 

 そんなことはありません。人民元高ということは、中国の通貨の価値が高くなっているということ。すなわち、中国の経済がそれだけ発展していることを表しています。2014年に中国のGDPの成長率が前年比7.4%となり、日本を含む先進国から「減速した」と言われています。2010年の成長率が10.3%でしたので、その時点と比べれば確かに減速でしょう。だけど、冷静に考えるとすごい経済発展を持続しているのです。これほど大きな市場で、ここまで経済成長を続けている国は世界の他にありません。

 

 人民元高によって米ドルや円に対する購買力が高まったわけですから、中国市場は製品を「売る」市場として魅力を増しています。中国国内でなくても、日本に来て買ってもらってもいい。中国で製品を造るとコストは高くなりますが、売ると儲かる時代になったということです。

 

 では、中国に工場はもう必要ないかと言えば、そんなことはありません。中国は広い(ロシア、カナダ、米国に次ぐ世界第4位。EUの2倍以上の面積を持つ)。先の人件費の高騰や労務コストの増大は、中国の沿岸部の工場で顕著です。これまでは加工貿易型のビジネスで、人件費の低さを生かして製品を造り、その製品を海外で売ってきた。今後は、沿岸部に比べて人件費も労務コストも低い内陸部に工場を建て、そこで造った製品を沿岸部で売るという流れができるでしょう。沿岸部が大きな市場となるからです。

 

──ということは、まだまだ中国で働かなければならない日本人は多いというわけですね。

 

 そうです。しかも、今は“普通の人”が中国に駐在する可能性が高まっている。中国が外資系企業を誘致し始めた30年前は、中国が好きで中国語も得意な「中国フリーク」の従業員が駐在員でした。でも今は、中国とは無縁の従業員が、ある日突然「中国へ行きなさい」と辞令を受ける時代です。“一風変わった人”ではなく、ごく普通の従業員が当たり前のように中国で働かなければならない時代に変化しているのです。

 

──日本とはさまざまな点で考え方が違う国ですから、トラブルが起きないかと緊張してしまいますね。辞令を受けたら、まずは何をしたらよいのでしょうか。

 

 まずは、中国の歴史と文化を知り、法律や会計などを自分の専門に合わせて学ぶべきでしょう。言葉もある程度はできた方がいい。必ずしもペラペラになる必要はありませんが、中国人従業員とのコミュニケーションのために中国語を話せることは大切です。

 

 そして、身体は資本。精神面も含めて健康面に気をつけましょう。例えば、中国の北部は寒くて乾燥しており、気管支をやられる人が多い。食事では、ラードや唐辛子が合わずに胃腸の調子を悪くする人がいる。メンタル(ヘルス)では、自分の考えや思いを中国人従業員の部下にうまく伝えられないなど、仕事上でさまざまなストレスを抱え、アルコールや異性に走ってトラブルに遭う人もいます。会社側は、こうしたトラブルにならないように、駐在員に対してしっかりとケアしてあげる必要があるでしょう。

 

──中国拠点で発生するトラブルとして、最近は、中国人従業員の不正に悩まされている日系企業も多いそうですね。

 

 当然ですが、日本人駐在員は中国拠点の業績を上げることが最大のミッションです。そのために、いかに売り上げを増やし、いかにコストを減らすかについて日々血眼になっている。それが利益を増やす方法だと信じて。しかし、実際には不正により、利益が損なわれているケースが少なくないことに、日系企業はほとんど気づいていません。

 

 日系企業の多くは、生産の現地化(現地生産)に続いて、人材の現地化を進めます。中国人を幹部にすれば、日本人幹部よりも人件費が下がってコストを減らせるからです。中国では、優秀な部長クラスであっても年収300万~400万円で雇うことも可能です。

 

 ここでよくあるのが、中国人幹部に仕事を丸投げするだけで日本に帰ってしまうこと。「はい、次は君が部長ね。私は日本に帰るから」と。問題は、内部統制を全く利かせないまま、権限を委譲してしまうことです。このようなやり方だと、従業員に「不正もできるんだ」と気づく瞬間を与えてしまう。

 

 これは中国人従業員に限った話ではありませんが、日本人従業員の多くは「いったん不正をすれば、後に引きずる」と考えて自制します。ところが、中国人従業員にとって、日系企業外資系企業。「バレたら辞めればいいや」と安易に考える人が出てきてしまうのです。

 

 もちろん、不正を働く中国人従業員が悪いのですが、内部統制がしっかりしていない日系企業が多いという現実もあります。日本人は「だまされた」と声高に叫びますが、あまりにも無防備だと言えます。例えば、お金を払う時には職務分掌をしっかりして、複数の部長にサインをさせる、単独の部署で扱える金額の上限を決める、といった牽制を効かせて、中国人従業員に不正をさせないように、しっかりとした内部統制を構築する必要があります。

 

──でも、ちょっと待ってください。日本企業は中国に進出する前に、米国や欧州に進出して現地拠点を運営してきました。豊富な海外経験を蓄積している日系企業も少なくないはずです。それなのに、どうして中国拠点では従業員の不正に悩まされるのでしょうか。

 

 海外といっても、欧米とアジア新興国とでは事情が異なります。欧米は先進国なので、遵法精神が高く自己抑制が効きます。そのため、現地出身の幹部にある程度任せることができる。日本の拠点とあまり変わらないと言えます。

 

 ところが、ミャンマーベトナムといった東南アジアや中国などの新興国では、例えば知的財産法1つとっても、法令遵守はかなりいい加減です。これは新興国に特有の現象で、戦後の日本でも見られました。中国の場合は国が大きいので目立つのでしょう。新興国の従業員の中には、「日本企業は儲かっている。日本人の年収は我々の10倍、20倍だ。だったら、はした金ぐらい横領したっていいだろう」と考える人もいるということです。

 

 日本人はすぐに「ちゃんと話せば分かる」と言いたがりますが、いやいや、新興国では通じません。給料が大きく異なる日本人駐在員が、接待やゴルフなどで現地人の感覚からすると「大金」を使っている。心情的に面白くないと思っている現地の従業員は少なくないのです。つまり、欧米拠点の経験やノウハウは新興国では生かしにくいと言えます。

 

──それでも、新興国の中で中国は理解しがたいところがあるような気がします。

 

 例えば、日本人はアフリカ人に対しては、何かが違っても「そんなものかな」と受け入れる傾向があります。外見の差が大きいので、考え方に大きな違いがあっても、さほど動じることがありません。しかし中国人は、外見が似ており、漢字を使って、食事には箸を使用する点まで似ています。そのためなのか、彼らの考え方の違いを知った時の衝撃が大きいようです。

  他の国と同様に、中国人は日本人とは違う考え方をする外国人だという心構えで、相手を理解しようとすることが大切です。ビジネスパーソンとしては違う人であり、同じ部分を少しずつ見つけていく。初めから違うと思っていた方が、より理解に近づけるものです。