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ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君

Siriもワトソンも、どんどん進化を遂げて生活の一部になっていくかもしれないが、かつてのタイプライター職が消滅したように、世界中のコールセンターの人員大幅削減という近未来が待っている。

日経産業新聞:2015年3月22日)

人の言葉を理解する米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」。米国生まれで母国語は英語だが猛勉強によって日本語を習得し、三井住友銀行から「内定」を得た。クイズ番組に興じていたワトソン君が、年内にも銀行マンとして日本で働き始める。

 

ビッグデータ分析などで質問の答えを導き出す

 

 「ATMの手数料を知りたいのですが」。銀行のコールセンターには日々、あいまいな質問が寄せられる。引き出しの手数料か振り込みのことか。キャッシュカードは自行と他行どちらのものか。あるいは他行のATMを使う場合か。条件によって答えは変わる。

 こうしたあいまいな質問にすらすらと答える次世代型のコールセンターが近々誕生する。三井住友銀がオペレーターの応対業務にIBMのワトソンを導入するのだ。

 ワトソンは利用者が入力した文章を自然言語処理の技術で解釈し、ビッグデータ分析などの技術によって質問の答えを導き出す。三井住友銀のオペレーターが顧客から受けた質問をキーボードで入力すると、ワトソンは5つの回答候補を瞬時に出す。回答は確からしい順に、その確率を付けて表示する。オペレーターは候補と確率を参考に、顧客に応答する。梅田専太郎質問から回答を導くために必要な業務は、ワトソンにあらかじめ読み込ませる。1500項目の質問応答集、表計算ソフトで800シート分の業務マニュアル、過去の質問応答履歴などだ。

 さらに正答率を高めるための工夫を盛り込む。最たる例が「役立ったボタン」。顧客への応答が正しかった場合に該当する回答のボタンを押すと、ワトソンが「この質問に対する答えとしてはこれが正解だった」と学習する。この繰り返しで正答率がさらに高まる。

 回答を絞り込むためのキーワードも設定できるようにした。外貨預金や両替、小切手などを用意。「手数料」という質問にも対象を絞ることで正答率を高められる。

 三井住友銀は2014年9月から12月末までに技術検証を済ませ、実用化の手応えをつかんだ。検証はワトソン君からすれば、いわば入社試験。まず応対スピードをストップウオッチで測定したところ「人間と五分五分だった」(システム統括部の江藤敏宏副部長)。未経験の人よりは早いが、熟練の人には負けることもあった。

 

 正答率はどうか。ワトソンが選んだ5つの回答の中に正答が含まれていた確率は当初70%未満だった。その後「SMBCダイレクト」と「ネットバンク」、「インターネットバンキング」は同じ意味を示すなど専門用語を数千項目ほど読み込ませ、検索時にキーワードを指定できるようにしたら正答率は80%を超えた。「7割がいいところかと思っていたが正直に言って驚いた」と岡知博システム統括部部長代理は振り返る。導入後の学習効果を考えると90%も超えられるのではとの手応えを得た。ワトソン君が銀行の内定をつかんだ瞬間だった。

 

 江藤副部長は「(経験の浅い人でもベテラン並みのサービスができるなど)顧客対応の標準化と底上げができる」と期待する。オペレーターにも「膨大な資料を調べなくても答えが得られる」などと評判だという。

 

■銀行のことなら何でも知っている超ベテランに

  三井住友銀は本格導入に向けてシステム環境を整備中だ。完成次第、兵庫県と福岡県のコールセンターで顧客との実際のやり取りに使い始める。9月に部分導入を始め、来年にも全600席に展開する計画だ。

 三井住友銀がワトソンに想定するのは銀行のことなら何でも知っている超ベテランのスーパー銀行員。将来は店舗の職員から事務処理などの質問に答えたり、法人営業が客先で投資相談に活用したりと構想は広がる。

 渕崎正弘取締役専務執行役員は「将来は融資業務にも使いたい」という。融資の申し込み情報や信用情報に加えて膨大な過去の取引データなどを分析して、職員が融資の可否について判断するための材料を提示する参謀役のイメージだ。

 メガバンクでは、みずほ銀行三菱東京UFJ銀行もワトソンの導入を進めている。ワトソンを本格導入するには数億円以上かかるとされるが、顧客対応などのサービス品質を引き上げたり人手に頼っていた複雑な業務を効率化したりできるため、投資以上の効果があるとみられる。

  銀行員デビューが目前のワトソン君に、早くも次なる仕事の依頼が舞い込んだ。「日本の保険会社として初めてワトソンを導入する」。日本郵政西室泰三社長は2月18日の記者会見で、かんぽ生命保険の保険金の支払業務にワトソンを活用すると発表した。

 ワトソンの国内展開で日本IBMと提携したソフトバンクは、予備校と組んで学生の成績などから苦手分野を見つけ出すサービスや、体調がすぐれない時に症状から診察を受ける必要のある診療科目を指南する「家庭の医学」のスマートフォンスマホ)アプリなどの開発を想定する。

 活用範囲が広がるにつれて得意分野も見えてきた。膨大かつ複雑なルールに基づき、事務処理や質問応答を臨機応変にこなす使い道だ。役所の窓口業務などが想定できる。次は公務員か。名参謀の就職活動は始まったばかりだ。