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「最新ニッポン」瞬時に吸収 アジアの熱い商機

日本経済新聞:2014年12月25日)

12月上旬、シンガポールコンベンションセンターは熱気に包まれていた。日本のアニメや漫画をテーマとしたアジア最大級のイベント。集まった人々はネットを駆使し、海外にいながらにして日本の最新のコンテンツを入手し消費していた。衣食住のライフスタイルを通じてクールジャパンを貪欲に吸収する海外の日本ファンたち。そこに新たな市場を見いだし、奔走を始めた日本企業。

■本物志向強める日本ファン

 

 「この子のコスプレは私が手作りしたの。(日本の人気漫画・アニメ)『けいおん!』に登場する女子高生の衣装よ」。シンガポールで12月5~7日に開かれた「アニメ・フェスティバル・アジア(AFA)」。娘と息子を伴い来場したシンガポール在住の女性は、好きな日本人アニメ声優のライブを聴きに来たと興奮気味に話した。

 日本のアニメ情報は動画共有サイト「YouTube(ユーチューブ)」などで入手するという。ファンが自主的につくる日本のアニメ動画が集まるサイトもよく見るそうだ。セリフや主題歌にはファンが作成した英訳の字幕が付く。「字幕があるから意味は分かる。やっぱり好きな声優の声じゃなくちゃ。音声は吹き替えではなく、絶対に日本語!」と熱い。

 今年のAFAは3日間で10万人近くが来場。開催を始めた2008年以降で最多となった。主催者は「東南アジアの日本ファンが本物志向を強めている」(シンガポールのマーケティング会社、ソーゾー)と説明する。

 ライオンの顔を胸元にあしらったよろい風のコスプレに身を包んだ20代男性のシンギさんには、会場で一緒に写真を撮らせてほしいと一般客が殺到していた。インドネシアから来たという彼に聞くと、コスプレはやはり自作。情報源を尋ねると「(ドワンゴが運営する動画サイトの)『ニコニコ』さ。東南アジアのオタクの間ではすごく有名だよ」と教えてくれた。

ドワンゴが海外初出展

  こうしたアジアのサブカルチャーファンからの支持を踏まえ、ネット大手のドワンゴは今年のAFAで、海外では初めてとなるリアルイベント「ニコニコ国(くに)会議」を出展。会場内の大きなスペースを使い、ネット上で人気がある「歌ってみた」「踊ってみた」などのコーナーが体験できるブースを設けた。

 ドワンゴが日本から連れてきたのは、「ニコニコ」への投稿から有名になった歌や踊りの名手、ボーカロイド音声合成ソフト)を使った作曲で知られる「プロデューサー」など。一部はアジアでもアイドル的な人気で、本人が登場するたびに歓声が上がる。大音声のなか、現地のファンも交じって踊ったり歌ったりのお祭り騒ぎに沸いた。日本で連載中の人気漫画『進撃の巨人』に登場する兵器を体験できるアトラクションにも長い行列ができ、日本国内での流行とほとんど時差がないことを印象づけた。

 会場を訪れたドワンゴ夏野剛取締役は「(客の入りは)想像以上。リアルな場を提供すれば、こんなにもアジアの人たちに日本のコンテンツやサービスを喜んでもらえる」と手応えを感じていた。「国会議」をネット生中継で視聴した人は3日間で45万人にのぼったという。

■人気ラーメン店束ねて進出

 ドワンゴの横沢大輔取締役は言う。「(言語やストーリー設定などを)ローカライズしたものより、日本で流れているそのままのものを見たいという欲求がすごく強い」。同氏は、日本で「ニコニコ超会議」「町会議」といった同様のイベントを仕掛けてきた。シンガポール会場から肌で感じたのは、日本の流行をいち早く吸収したいというファンらの熱量だ。「イベント単体の事業ではもうからない」としつつも、ファン囲い込みの効果が大きいとみて他の国でも展開を検討している。いまは日本国内が主体の約4300万人のニコニコ会員。若年層の多いアジアで大化けする可能性も出てきた。

コンテンツと並んで「クールジャパン」ビジネスの筆頭格とされる食の分野でも、「リアルタイム性」はキーワードとして浮上している。

 

 「いま日本で旬のラーメン屋をアジアに届ける、というのがコンセプト」。こう話すのは11月にシンガポールにラーメン店「宅麺(TAKUMEN)」を初出店したグルメイノベーション(東京・渋谷)の井上琢磨社長。TAKUMENには日本の人気店「ちばから」「本田商店」など6店舗のメニューをそろえた。シンガポールでも日本から上陸したラーメン店は少なくないが、同社は事業モデルをひとひねりした。

 その特徴は、数千万円かかるとされる海外出店の初期投資をラーメン店側にいっさい負担させないかわりに、門外不出のことも多いレシピを丸ごと提供してもらう手法だ。各店のスープやたれ、麺などは現地のセントラルキッチンで生産。現地でラーメンが1杯売れるごとに、金額の2%分を店側に還元する。中小零細店が多いラーメン店にとって、リスクを抑えながら海外市場に挑みたいニーズは大きいとみる。いまはシンガポールで2店舗だが、今後5年で海外130店ほどに広げる計画だ。

■海外のファンの声からヒット商品

  「海外のお客さんからこれをぜひ販売してほしいと言われて仕入れ、ヒットした例もある」。こう話すのは、フィギュアなどアニメグッズの電子商取引(EC)サイト運営や「オタク」文化の情報発信を手掛けるトーキョーオタクモード(TOM、米デラウェア州)共同創業者の秋山卓哉氏だ。1万点以上を扱う同社のECサイトで、今や販売上位ランキング常連となったアルパカのぬいぐるみシリーズ「アルパカッソ」。発端は、米国在住のコレクターが、どこからか入手した製造元のカタログをスキャンした画像を同社に送ってきたことだ。ゲームセンター向けのみで市販していなかった商品群だったが、TOMは製造元と交渉してECサイトでの取り扱いを開始。するとあっという間にネット上の口コミで広まり、ヒット商品に躍り出た。

 交流サイトのフェイスブック上に1600万件を超える「いいね!」を集めるTOM。99%が日本国外のファンだといい、その声には真剣に耳を傾けている。漫画やアニメ好きが高じたファンらは、日本の本物を求めようと妥協を許さないからだ。同社は8月にロサンゼルスに海外初の物流拠点を新設した。世界的に顧客が増えていることにも対応し、「香港やシンガポール、欧州や南米にも物流拠点を設けたい」(秋山氏)梅田専太郎という。

■ゲーム以外は輸入超過

 ここへ来て日本ブランドで海外市場に本格的に挑もうとする国内企業が相次ぐが、果たして実態はどうなのだろうか。コンテンツ、食、ファッションを含む「文化産業」の市場規模は、A.T.カーニーの推計によれば世界で約463兆円(09年時点)。日本企業の海外売上高は2兆3000億円でシェアは0.5%にすぎない。海外需要を意外なほど取り込めていない。

 

 アニメや漫画が世界的にも浸透している印象が強いコンテンツ産業に関しても、カテゴリー別に見ると輸出で稼げているのはゲームだけ。映画や音楽、雑誌、書籍などはいずれも「輸入超過」だ。三菱UFJリサーチ&コンサルティングによれば、ゲームが年間2037億円の貿易黒字であるのに対し、映画は293億円、音楽は218億円の赤字となっている。国際展開の遅れに加え、ネット上などで海賊版コンテンツの流通に歯止めがかからないことも悩みの種だ。

 「クールジャパン分野では海外進出にあたって1社1社が『局地戦』を行い、失敗や成功を繰り返してきた。一口に日本ブランドといっても、普及している場所としていない場所がまだら模様になっているのが実情で、市場調査も緻密さが問われる。時間がかかりがちなBtoC(消費者向け)ビジネスだけに、ブランディングとマーケティングに潤沢な人材や資金を投じられるかがカギ」。海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)の吉崎浩一郎最高投資責任者は、こう解説する。

 それでも、一昔前と違うのはファンのコミュニティーがある種勝手に情報を広めていくネット時代ならではの拡散のインパクトだ。ドワンゴも「海外のオタクの人たちの伝播(でんぱ)力はすごい。通常の100倍の伝播力を持った人同士がネット上で密にコミュニケーションをとることで、かなり強力に速くコンテンツが広まっていく」(夏野取締役)と実感した様子だった。交流サイトで意見交換する海外のサブカルファンたち。日本を消費しようという貪欲さを持ち合わせた人々にいかに本物の価値を届けられるか、実力が試される。