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海を渡った「プリクラ」 あえて日本流薄め大勝負

アメリカで流行ったものが日本で流行るように、日本で流行ったものがそのままアメリカで流行るとは限らないが、うまく「現地化」対応することで勝機はある。

日経産業新聞:2014年12月11日)

女子中高生に根強い人気のプリントシール機、通称「プリクラ」。最大手のフリュー(東京・渋谷)は念願の海外進出を見据え、今週からロサンゼルスでテストマーケティングを始めた。全米でプリントシール機を試験稼働させ、2015年中の本格進出をめざす。日本女性の「かわいくありたい」という願望をかなえ続けてきたプリントシール機は世界に羽ばたけるか。

■全米に30機を設置、試験稼働させる

 プリントシール機は1995年にアトラス(当時)が開発した「プリント倶楽部」が始まりで、同社が「プリクラ」の名前で商標登録した。女子中高生を中心に爆発的な人気を獲得したが、ブームの沈静化や原材料費の高騰などが響き、アトラスは2009年3月に撤退した。現在はオムロンの新規事業から出発し、1998年に参入したフリューが約7割のシェアを占める。

 「自分の写真をキレイに撮影したい欲求は世界共通のはず」。プリントシール機の海外展開を主導するフリューの業務用ゲーム事業事業開発部海外プロジェクトの荒木貞保氏は力を込める。海外版の名称は「PURIBOOTH」(プリブース)。最初のテスト機は複合エンターテインメント施設「Dave and Buster’s」のロサンゼルス・ハリウッド店に設置した。同店を手始めに、全米のショッピングモールや飲食店などで最大30機を試験稼働させる計画だ。

 業務用ゲーム事業部を統括する新本祐一常務は「『クールジャパン』のように日本文化を輸出、移植する手法はとらない」という。日本色を前面に打ち出せば、海外の日本好きに訴えてスタートダッシュはできるかもしれない。しかし「異文化の目新しさは長く続かない。時間をかけても、現地で新しい文化として受け入れられたい」という。

 これまでも、日本で活躍したプリントシール機の中古機を海外に持ち出す事例はあった。ただ「プリントシール機文化」の現地化をめざすフリューは米国人の美意識や嗜好を徹底調査し、海外版のまったく新しいプリントシール機を開発した。

 まず、本体を日本版よりも小型にした。サイズは幅106センチメートル、奥行き181センチ、高さ200センチ。今年3月に発売した日本版「IP」は幅約180センチ、奥行き287センチ、高さ225センチ。日本版よりもふた回りほど小ぶりだ。撮影ブースを仕切るカーテンは腰ぐらいの高さにして、足元が見えるようにした。全面を仕切る日本版の仕様に米国人は圧迫感を覚えるためだ。カーテンが短い開放的な設計で、プリントシール機に不慣れな米国人でもブースに入りやすい。支払いは現金のほか、クレジットカードでもOK。ブース内のカメラが日本版よりも5センチ高いのは、米国人の平均身長を考慮した結果だ。

プリントシール機初心者でもわかりやすい本体設計を心がけた。日本版では(1)撮影ブースの外側でコインを投入してBGMなどのオプションを選択、(2)ブース内で撮影、(3)撮影後はブース外の液晶画面を使い撮影した写真に文字を書いたり、スタンプを押したりする「三重接客」が標準だ。最後のデコレーション作業に使う液晶画面は本体両側に計2つ備え、撮影ブースの稼働率を引き上げている。

 

アイデンティティーを大切にする米国人に配慮

 一方、海外版プリブースは撮影ブース内で料金を支払う。液晶画面は1カ所。撮影からデコレーション作業までの流れが一目でわかる設計だ。デコレーションで選択できるスタンプなども、IPでは約2600種類と豊富だが、プリブースでは約150種類。選択肢を減らして、迷いを少なくした。「日本のプリントシール機は女子中高生が学校帰りに立ち寄る夕方の3時間でいかに稼ぐかを追求した設計。ユーザーの進化とプリントシール機の進化が連動しているが、米国では受け入れられない」(新本常務)

 本体設計に加え、こだわったのが写真の仕上がりだ。日本版は加工技術が年々進化し、女子中高生や女子大生の「カワイイ」を実現してきた。瞳は大きく、肌は白く、あごのラインはすっきり、脚はほっそり――。画像認識と自動加工の組み合わせで「奇跡の1枚」を量産する。いわゆる「盛る」写真は20年近く磨き続けてきた自慢の技術だが、荒木氏らが日本版を現地に持ち込み、使用後の感想を聞いてみると驚きの答えが返ってきた。「こんなの私じゃない」

 「日本女性の場合、『カワイイ』『キレイ』のトレンドが統一されている。プリントシール機も、そのトレンドに沿った加工技術を磨いてきた。一方、米国人は一人ひとりの個性やアイデンティティーを大切にする文化があるようだ」と新本常務。瞳を大きくしたり、顔の輪郭を修正したりする過度な加工は嫌われる傾向があるという。どこまでの画像加工なら受け入れられるのか、現地の人の意見をヒアリングしながら微調整を重ねた。また世界中から人が集まる国だけに、どのような肌質、髪色にも対応する必要があった。

 米国ではすでに証明写真機の延長線上にある「フォトブース」と呼ぶ装置があり、プリントシール機のように「自撮り」を楽しむ文化がある。家族やカップルが記念に撮影する使い方が一般的という。正確な統計はないが、フリューでは全米で約1万台のフォトブースが稼働していると試算している。フォトブースは日本のプリントシール機と違い、撮影した写真をスマートフォンスマホ)に送ったり、交流サイト(SNS)に投稿したりする機能がほとんどない。フリューは日本市場で培ったスマホやSNSとの連動機能を生かせば、フォトブース市場を奪えるほか、新しい需要を開拓できるとみる。「将来的には日本のプリントシール機市場(260億円)と同じ規模に育つ可能性がある」(荒木氏)

 プリントシール機の海外進出は、90年代にアトラスも試みたが失敗した経験がある。特許問題でつまずいたうえ、使い方や美意識の違いなど文化の違いを越えられなかったもようだ。フリューも当初は日本版の移植を想定していたが、市場分析の過程で海外版の開発に切り替えた経緯がある。日本発のプリントシール機文化梅田専太郎がどこまで根付くのか。米国で現地化に成功すれば、アジアや欧州市場の取り込みにも道が開ける。